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Gospel Singer 向日かおりの みちくさ日記


by spiritualsong
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2011年 02月 22日 ( 2 )

Stand Women's Miniatry 2

関西の支部長、古山夏子のこと。(笑)



彼女は見ていて楽しい。

トイレに行くときも、ふとんにもぐる時も

まるで遊園地に行くかのような顔をする。

何がそんなに楽しいのかと目を奪われるような顔をしている。

でも、ただ廊下を歩いているだけだったりする。



なっちゃんの旦那さんは幸せやろうなあという声があがる。

「家の中、おもしろいで。すもう取ったりしてんねん。」

と、また遊園地の顔で返す。



すもう???

だんなさんとすもうですか?????????????


?????????????????????????





このような女性ディレクターに会いたければ、

3/5(土)11時、身をあけていてください。


詳細は後日。
by spiritualsong | 2011-02-22 17:58

Stand Women's Ministry

先週土曜日にさくっと触れたのだが、
Stand Women's Ministry の関西支部が「Women's Coir」を立ち上げる。


http://d.hatena.ne.jp/natsuko55/20110119/1295428699
(コピペして使ってね)



Stand Women's Ministryは、まずラッカー陽子さんが立ち上がり、
Meg粟野さんが賛同して始まった女性のためのミニストリー。

お二人のフィールドはゴスペルなので、ゴスペルのワークショップの場などで
展開されるが、実際のところ女性が癒されて立ち上がるためのミニストリーである。

何で女性???と思われるかもしれないが、
実際女性には「何で私は女性に生まれたの?」という疑問を持つ人が多い。
何かの統計で見たが、男性が「何で自分は男性なんだろう」と思うことは
そう多くないらしい。
しかし女性は違う。
それも「何で」という思いは、残念ながらポジティブなものではない。

今の日本は相当男女平等が進んだ良い国だ。
そんなことを思ったり口にしたりするのは、ある意味で「つぶやき」で
あったり、時代錯誤的な感じさえする。
しかし、ふたを開けてみて驚いたのは、実際「何で」と思っている女性が
こんなにも多いのかという「現実」であった。

陽子さんは、ラニー・ラッカーという日本ゴスペルの創始者の奥様。
そこにはたくさんの女性たちの「悩み」や「相談」が押し寄せていたという。
ひっきりなしに押し寄せる相談に押しつぶされそうになりながら、
彼女はどうして女性は女性ゆえの悩みや苦しみがこう多いのかと思ったと。

そして夢を見たという。
女性たちがドアが開くなり、バーゲンセールのように飛び込んできて、
何かをつかんでいこうとしていると。

そして、彼女は女性のためのミニストリーを立ち上げる決心をした。

素晴らしいのは彼女の次の言葉なのだが、
ラニーに話したら、彼は理解してくれたあと、「僕に何ができる?」と言ってくれたと。
それを聞いて、彼女は彼と結婚したことが本当に良かった、真実だったと
言葉に現せない感動と感謝を覚えたと。

ひゅーひゅーって感じなんだが(笑)
陽子さんは、本当にラニーと一体なのだ。
それが周りにこんなに大きな祝福をもたらすのだとこっちも感動した。

そしてMegさんが陽子さんのパートナーになった。
彼女と旦那さまのPiano・Kojiは、日本人による日本語によるゴスペルのパイオニアだ。
そして事実上の日本の賛美の牽引者である。
特にMegさんは、女性ディレクター(指揮者のこと)であるが、
それも考えられないほどひかり輝く、他に比類ないディレクターである。
彼女を見ていると、これまでの男性、女性の概念は持ち込めない。
ある意味、男性も女性もその中に同居していてはじめて彼女であるかのような存在である。


このペアはすごい。

この二人は「祈るため」だけに毎月集まる。
それが本物のあかしでもあると思う。

このMinistryが立ち上がってから、陽子さんのところに押し寄せる「悩み」が、
神様の「あかし」に変わったという。


その飛び火が関西、中部などに渡り、関西では古山夏子が立ち上がった。
感謝なことになぜか私も伴走することになった。

これはウーマンリブ的な運動では全くない。
聖書に基づいた、女性が女性として生きる意義を受け取る霊的なミニストリーである。

女性が「何で」をくり返しつぶやいている間は、実際男性は「重い」かもしれない。
少なくとも「自由ではない」のではないだろうか。
さらに、男性を本当の意味で「助ける」ことはできないかもしれない。

実際に「何で私は女性に生まれたの」という悲痛な声があがるのだが、
それは「陶器」が「陶器師」に向かって、「何でこの形に作ったのか」と
文句を言うのに等しい。
すなわち、創造主に逆らっているに等しい。
神様が私を私として作った。
それを感謝して受け取る。そして神様に感謝する。それが一歩。

また、女性は女性ゆえの立ち方、考え方を聖書からポジティブに受け取る必要がある。
女性とは何かという部分である。

さらに女性特有の悩みを、女性同士で分かち合い、
具体的なアドバイスを受ける必要がある。

普段なかなか開示できない部分を、ここならば安心してコートを脱げる
という場所で、癒され、解放され、また学びや教えを受け、立ち上がって
出て行く力を受け取ることが必要なのだ。

陽子さんたちはそのために立ち上がり、関西はクワイヤーという形で
そのコミュニティーを設ける。



私自身いつか女性のためのミニストリーができるようになったらなあと
思っていたら、本当にそうなった。




女性が「自由」になること。

そしたらきっと男性ももっと「自由」になれると信じる。


日本には「解放」が、そして真実の、魂や霊の世界の「自由」がもっともっと必要である。


それを「自分で神様から受け取る」ことが必要である。

「教え」を受け取る段階から、「悟る」段階へ。



自分も受け取りながら成長しようという段階。



期待しながら進もうと思う。
by spiritualsong | 2011-02-22 13:40