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Gospel Singer 向日かおりの みちくさ日記


by spiritualsong

2010年 05月 26日 ( 3 )

でも

怒りの続き


聖書は愛について教えてるけど

怒らず 人のした悪を思わず とか

全てを我慢し

とか

全てを耐え忍び

とか書いてあるのですね



怒りはやはり浅い段階なのでしょうね
by spiritualsong | 2010-05-26 09:26

怒りのこと

今日は母とあることでケンカになった。


クリスチャンはケンカしちゃいけないのか?

怒っちゃいけないのか?

いや、実は怒ったら、すかっとした!


(笑)


その、すかっとした気分に自分でも驚いた。



怒りは感情の蓋と呼ばれていて、実は浅いものらしい。


問題は怒りに根が生えた時らしい。


今日は久々に怒ってみて、良かったと思えたのは、
自分の中に苦い根は生えていないし、むしろ感情の蓋が飛んで、
自分の本当の部分がちょっと顔を出した気がしたからだ。



人間は我慢しているだけでは次の次元には行かないんだという事を、
怒りの次にやってくる感情の中に味わった。


私は人並みか人並み以上に(?)怒ることのある人間だと思うが、
普段その怒りは良識の影に隠し、後でほんの一部の友人にこぼしたりする。

こぼしたあと、怒った自分に自己嫌悪になり、怒りを鎮め、その次はまた我慢をくり返す。


しかし。


それでは次の次元には行かないのだよな。



もちろん怒りで人を傷つけてはいけない。

今日などは親子だから許される、ある意味、安全保障付きの浅いケンカにすぎない。


しかし、人を傷つけないようにコントロールするなら、
怒りの存在を大切にしてやることも時には必要なのではないか。


だって、政治に怒らないだろうか。

犯罪に怒らないだろうか。

ハイチの地震の裏にあるものを見て怒らないだろうか。

世界の食料事情に関して怒らないだろうか。

単純に悪に対して怒らないだろうか。



そう、日本人はこういものに対し、「胸は痛める」が、「正しく怒る」事が少ないのだ。


胸を痛めるだけで変わるだろうか。

我慢すれば変わるだろうか。



もし人が、正しい怒りを持ち、その原動力が愛ならば、
そのエネルギーは人を次の次元に連れて行ってはくれないだろうか。



主イエスはお怒りになった。

静かに目を留めよう。

主は「何に」怒られたのか。

父なる神も怒られた。

目を見張ろう。

父は「なぜ」お怒りになったのか。



人間が感情の蓋を取る時、そこに何があるだろう。


怒りが争いを生むのではない。

怒りの下にある妬みや暴力性や狂気や破壊が争いを生む。

怒りの向こうに、勇気や、脱皮や、解放や、自由や、制御された発言や、愛ある行動が生まれたら、どうだろう。


預言者たちは、神にあって怒らなかっただろうか。


彼らは自由で力強く、神の愛を知っていた……。


静かに目を向けよう。


彼らはどうして立っていられたのか。
by spiritualsong | 2010-05-26 02:37
伊達さん、だてさん、だてさん、・・・感動だ!


http://sankei.jp.msn.com/sports/other/100525/oth1005252354021-n1.htm


実は有名人でただひとり、伊達さんのブログがブックマークに入っている。


不調を知っていたので。

その戦いぶりをちょっとだけ、垣間見ていたので。

なんというか。


ありがとう・・・!
by spiritualsong | 2010-05-26 01:09