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Gospel Singer 向日かおりの みちくさ日記


by spiritualsong
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周回

高校生の時、走る力がぐんと落ちた。
小学生の時は、学校のマラソン大会で10位以内に入る
すばしっこさだったが、ある体調不良を起こした頃から
めっきり走れなくなってしまった。
私の高校では冬になると体育で毎回1.5キロの中距離走があった。
普通ならこういう記録は上がって行くのだろうが、
私の場合はどんどん下降していった。一分以上も。
その中でとてもみじめな経験をすることになった。
それは先頭から「周回遅れ」になるという経験だった。

でも、これは苦しい中での記憶なのだが、それでもリタイアしなかった。
止まらなかったし歩かなかった。

大学受験。かれこれの短期大学には入学したが、どうしても音楽が
したくて、自主的に浪人した。予備校に行かずに宅浪した。

これは人生における「周回遅れ」の経験だった。
すごい経験だった。
これまで身分を明かしてくれる学生証がない。
自分のアイディンティティーを示すものも、所属するものも何もない。
精神的にとても不安定にもなった。
でも、それでも生きていけるのだという事を学んだのもこの頃だった。

やがて入学した大学を、卒業する時がやってきた。
その時「就職」は考えなかった。
「就職」すれば音楽はできない。
アイデンティティー欠如の覚悟はすでに出来ていた。
おいそれと音楽の仕事はやってこない。
不毛に見える、先の見えない生活。
でも、それでもあきらめなかった。

それからも人生において、どれほどの周回遅れを経験しただろう。

神様の歌を歌うようになって始めて、それまでとは全然違う真の生き甲斐、
いや、生きていることそのものを見つけた。
・・・自分が見つけたというより、神様に見つけられたという感じだ。

それでも私は足が遅い。
出来ないことが多すぎる。
こうありたかった、という理想より、はるかにはるかに周回遅れ。
もうリタイアした方がましだと何度も思った。

しかし、同時に不思議なことだ。
自分より足の早い人の背中が、この頃少し見え始めたような気もするのだ。
なぜだろう。
以前背中を見ていたと思っていた人が、ふと横並びにいてくれたりする。
なぜだろう。

周回遅れは、その時はショックだし本当に苦しいのだが、それでも歯を
食いしばった経験は、その次の周回遅れに対して、冷静に受けとめる
力になる。
自己受容も学ぶ。

走っていて、いろんな人の姿が見えなくなったことにも気が付いた。
その中で、実感を伴って、わかった。
どんなに遅い亀でも、そのフィールドに立っているかぎり、
そこにいる人の姿や背中や生き様が見える。
生きてその人たちと呼吸できる。
降りないことだ。
どんなどん亀でも、そこに居る限り、その人達と一緒に生きて行く希望がある。

それは仕事上のことだけではない。
人間関係も。
祈りも。
成長も。
リバイバルも。

日本はどんなに周回遅れを繰り返しても、神様は投げておられない。
by spiritualsong | 2007-02-09 21:46