ファミリーサパー
2006年 09月 10日
昨日は泉の森ホールのレセプションホールにて、ファミリーサパー。
きれいなお花が飾られたちょっと素敵なフロアーで、レストランのお食事を
いただいた後、小一時間ほどコンサートタイムを務めさせていただいた。
とても楽しかったのだが、何より自分にとって感慨深かったことは、
大学生時代所属していた聖書研究会の先輩方にお会いしたことだ。
書き込みにも来て下さった『かねとちゃん』先輩は、私が一回生の時、4回生。
大先輩だった。
先輩は大学において、一種のりバイバリストのような存在だった。
いつも聖書を持ち歩き、駅の構内でも大きな声でお祈りしてくれた。
私はその頃、貧弱なクリスチャンの見本だった(笑
声が出ない声楽科の学生、しゃべることもできず、会話は筆談だった。
食事療法で野菜しか食べていなかったので、痩せてぺちゃんこで、
今にも風で飛んでいきそうだった。
大学のリバイバルの炎を消したのは、私ではないかと思うほど、無力だった。
KGK(キリスト者学生会)では大学ごとの祈りの課題を出し合っていたのだが、
私の大学からの課題は何年も「むかひさんの声が出ますように。」であった。
その頃のKGKの方には、別の意味で有名だったに違いない。
そんな私だったのに、今はどうして歌っているのだろう。
しかもこんなに福音をのべ伝えているのだろう。
はて。ほんとに不思議に思った。
どう考えても、先輩達の偉大さには全く及ばない者だ。
「きっと一番出来ないってわかってるから、いいのかもしれませんね。」
と笑いながら、先輩たちと別れた。
そうだ、一番出来なかった。
本当に本当に出来なかった。
だから神様がして下さっているってわかるから、いいのかもしれない。(w
きれいなお花が飾られたちょっと素敵なフロアーで、レストランのお食事を
いただいた後、小一時間ほどコンサートタイムを務めさせていただいた。
とても楽しかったのだが、何より自分にとって感慨深かったことは、
大学生時代所属していた聖書研究会の先輩方にお会いしたことだ。
書き込みにも来て下さった『かねとちゃん』先輩は、私が一回生の時、4回生。
大先輩だった。
先輩は大学において、一種のりバイバリストのような存在だった。
いつも聖書を持ち歩き、駅の構内でも大きな声でお祈りしてくれた。
私はその頃、貧弱なクリスチャンの見本だった(笑
声が出ない声楽科の学生、しゃべることもできず、会話は筆談だった。
食事療法で野菜しか食べていなかったので、痩せてぺちゃんこで、
今にも風で飛んでいきそうだった。
大学のリバイバルの炎を消したのは、私ではないかと思うほど、無力だった。
KGK(キリスト者学生会)では大学ごとの祈りの課題を出し合っていたのだが、
私の大学からの課題は何年も「むかひさんの声が出ますように。」であった。
その頃のKGKの方には、別の意味で有名だったに違いない。
そんな私だったのに、今はどうして歌っているのだろう。
しかもこんなに福音をのべ伝えているのだろう。
はて。ほんとに不思議に思った。
どう考えても、先輩達の偉大さには全く及ばない者だ。
「きっと一番出来ないってわかってるから、いいのかもしれませんね。」
と笑いながら、先輩たちと別れた。
そうだ、一番出来なかった。
本当に本当に出来なかった。
だから神様がして下さっているってわかるから、いいのかもしれない。(w
by spiritualsong
| 2006-09-10 23:47