Gospel Singer 向日かおりの みちくさ日記


by spiritualsong
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陶器師の手

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先日、まわりの陶芸ブームに押され、突然、信楽に飛んだ。

都会を離れ、緑にかこまれた小さな町へ。

おお、こういうところに文化があり、また文化を継承しているのかと感動。

上の写真は飛び込みの体験コースで作ったものの一部。

手前のカップと花瓶がそう。

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「のぼりがまねんど」という陶芸教室に飛び込み、半日コースにトライ。

練られた粘土がろくろの上に置かれた。

この粘土で作りたいだけ作れるコース。

粘土を見たら御言葉を思い出した。

神さまは「陶器師」に例えられていることを。

「私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。

私たちはみな、あなたの手で造られたものです。」(イザヤ64:8)

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窯元のおばちゃんは、大当たりだった。

ていねいに教えてくれて、ものすごく好きになった。

どうやらご主人が割と最近亡くなったご様子。

着メロが「千の風になって」。

ご主人とこの窯元をやっていらっしゃったその時間を思って、

その着メロを聞くたびに、少しせつない思いになった。

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工程の初めは土殺し。

聞くからにクリスチャンは土器、いえ、ドキっとする。

ろくろを回しながら土を引き上げたり低くしたり。

神さまの手の中で、高められることや謙遜に身をかがめることを覚える

ということか。

粘土が自分のことのようだ。

死んではじめて陶器師の手の中でよりよい器に形作られるのだ。



私は始めてなのに、大胆に口のすぼまった花瓶を作りたいと希望。

先生は見事なデモの花瓶を作って見せてくださった。

Let's try。


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粘土を何度も駄目にした。

かわいそうな粘土。

実は駄目になるたびに、心の中で泣いた。

だって、これが人間に例えられたとするならば、一つも無駄にしちゃいけない。

形がそれなりに出来そうだと思うと、とたんに「欲」が出た。

もっと大きくとか、膨らまして、とか、欲が出るのだが、

いかんせん厚さの加減を知らないのだから、あっという間に土が切れたり

落ちたりした。

ダメダメ陶器師の手の中でやっと生き残ったのが、一番上の写真の二つと

この写真。

最後の土でどうにかこうにか小さい花瓶を形に残せたところ。

手も足もまっくろくろすけでござい。



でも、恐ろしく楽しかった。


ろくろを回して集中する、その集中が私は好きだ。

心がしんと静まる気がする。



また来たいな、このおばちゃんの窯元へ。


教室の中には子供達の明るい声も響いていた。


伝統と文化を継承する命のいとなみを感じた。
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by spiritualsong | 2009-08-08 09:22